中国のAI企業DeepSeekが9月10日、新型モデル「V4.1-Flash」を公開した。同時に、主力機だったはずの「V4-Pro」を9月14日午前4時(UTC)付けで実質的に退役させると発表した。V4-Pro向けのAPIリクエストをすべて、新しいV4.1-Flashへ自動的に振り替える——という計画である。
ところがこの計画は、公表からわずか1日足らずで撤回された。V4-Proは9月14日を過ぎても、これまでと同じ料金体系のまま生き残ることになった。ChatGPTやClaudeを含む各社が値札を動かすたびニュースになる中、その足元では中国発のオープンウェイトモデルがさらに速いペースで価格を動かし、そして自ら発表した計画を自ら覆している。
DeepSeek V4.1-Flashとは何か──退役表明から1日での撤回まで
V4.1-Flashは、552B(5,520億)パラメータのMoE(複数の専門家モデルを切り替えて使う構造)で、実際に動くのは入力処理で80億・出力生成で160億パラメータだけだとDeepSeekは説明している。重みはMITライセンスでHugging Faceに公開されており、企業が商用利用しても改変しても構わない。
DeepSeekはこの発表の中で「複数の第三者テストで、性能・コスト・速度・総処理時間のすべてにおいてV4.1-FlashがV4-Proを上回った」と説明し、V4-Proの段階的な退役を予告した。9月14日午前4時(UTC)以降、V4-Pro宛てのAPIリクエストはすべてV4.1-Flashへ自動転送し、V4.1-Flashの料金で課金する——という内容だ。実質的には、ユーザーの選択を待たない強制的な移行である。
V4.1-Flash公開と同時にV4-Proの退役を予告「9月14日午前4時(UTC)以降、V4-Pro宛てのリクエストはすべてV4.1-Flashへ転送し、V4.1-Flashの料金で課金する」と発表。
開発者から批判の声米VentureBeatが、強制的なモデル切り替えに伴う移行リスクへの開発者の批判を報道。
DeepSeekが方針転換公式の料金ページと更新履歴に「ユーザーの要望を受け、9月14日以降もV4-ProのAPI提供を、課金方法を変えずに継続する」と追記。海外メディアも同日中にこの撤回を報じた。
当初の退役予定日実際には何も切り替わらず、V4-ProとV4.1-Flashが並存する状態のまま迎えた。
DeepSeek V4-Proの料金はいくらか、V4.1-Flashとの差
DeepSeekのAPI料金には「ピーク」と「オフピーク」の区別がある。ピークは月〜金曜の01時〜04時と06時〜10時(UTC、日本時間では月〜金の10時〜13時と15時〜19時に相当)で、それ以外はすべてオフピーク。オフピークの単価はピークのちょうど半額になる。
| 料金(100万トークンあたり・オフピーク) | V4-Pro | V4.1-Flash | 差 |
|---|---|---|---|
| 入力(キャッシュヒット) | 0.022ドル | 0.003ドル | 7.3倍 |
| 入力(キャッシュミス) | 0.66ドル | 0.15ドル | 4.4倍 |
| 出力 | 1.98ドル | 0.60ドル | 3.3倍 |
独立系ベンチマークで見る実力差
DeepSeekの自己申告だけでなく、独立系の評価機関Artificial Analysisが算出する「Intelligence Index」(推論・知識・数学・コーディングを束ねた総合指数)でも確かめておきたい。同指数は2026年9月に入って改訂が相次ぎ、9月7日時点の最新版ではOpenAIの「GPT-6 Astra」とAnthropicの「Fable 5.1」が53点で並んで首位に立っている。
| モデル | Intelligence Index | 位置づけ |
|---|---|---|
| GPT-6 Astra/Claude Fable 5.1 | 53 | 現行の首位タイ |
| DeepSeek V4.1-Flash(max) | 40 | 全モデルの中央値18を大きく上回る |
| DeepSeek V4-Pro(各設定) | 30台前半 | V4.1-Flashを下回る |
独立系の総合指数でも、V4.1-FlashはV4-Proの各設定を上回っている。DeepSeekの「性能・コスト・速度で上回る」という説明は、少なくとも総合指数の面では裏付けが取れる。
40点は「中央値を大きく上回る」水準だが、GPT-6 AstraやClaude Fable 5.1の53点とはまだ開きがある。値段が安く速いことと、いちばん賢いことは別の話である。
Artificial Analysisの総合指数は9月最初の1週間だけで複数回改訂されている。同じ「53点」でも計測時点が変われば並びが入れ替わりうる点は、数字を読むときの留保として覚えておきたい。
なぜ撤回されたのか
DeepSeekは撤回の理由を「ユーザーの要望」とだけ説明しており、具体的な苦情の中身は公表していない。ただしVentureBeatの報道によれば、退役計画そのものが「移行に伴うリスク」への批判を招いていたという。API上のモデルIDを固定した設計を組んでいる開発者にとって、ある日を境に裏側のモデルが無条件で切り替わるのは、出力の傾向や挙動が変わりかねない不安要素になる。しかもV4.1-Flashは総合指数でV4-Proに勝るとはいえ、前章の通りその差は圧倒的なものではない。
似た構図は他社でも起きている。GitHub Copilotは9月1日に6モデルを退役させ、後継モデルまで9日後に自分の番が回ってきた。Cursorの「Router」も依頼ごとに裏側のモデルを自動で選ぶ。AIサービスの裏側でどのモデルが動いているかは、利用者から見えにくくなる一方で、退役・切り替えの決定そのものは各社の一存で下される。DeepSeekの今回の一件は、その決定が「発表した通りに実行されるとは限らない」ことを示した珍しい実例でもある。
あなたのAI選びに何を意味するか
DeepSeekのAPIを直接使っている読者は多くないだろう。それでも今回の一件は、ふだんChatGPTやClaude、Geminiを選んで使っている人にも無関係ではない。理由は2つある。
ひとつは価格の床が押し下げられ続けているという事実そのものだ。100万トークンあたり出力0.60ドルという水準は、月20ドル・50ドルといった定額プランの裏側で動く原価にも影響する。各社が値下げや新プランを出すたび、その背景にはこうしたオープンウェイト勢との価格差がある。もうひとつは、ベンダーの「退役予告」が必ずしも確定事項ではないという教訓だ。GitHub CopilotやCursorのように、使っているツールの裏側のモデルが利用者に見えないまま切り替わる場面は今後も増える。予告があったからといって慌てて代替を探す必要はないが、逆に「予告が出ていないから安泰」とも言い切れない。実際に何が変わったかは、料金ページや公式アナウンスで確かめるのがいちばん確実だ。
編集部の見立て
今回の一件で興味深いのは、退役計画そのものよりも、それが1日で覆った速さだと考えます。企業が公式に発表した製品ロードマップが、ユーザーの反発だけでここまで早く撤回された例は多くありません。DeepSeekの意思決定の速さの裏返しでもありますが、同時に「発表イコール確定」ではないことを示した出来事でもあります。
もう一点、独立系の指数で確かめると、V4.1-FlashはV4-Proより賢く、しかも安いという構図が実際に成立していました。それでも退役計画が反発を招いたという事実は、ユーザーが選ぶ基準は総合スコアだけではないことを物語っています。慣れたモデルID、慣れた挙動、移行にかかる検証コスト──数字に出てこない部分が、この判断の決め手になっていたはずです。
そのうえで、この構図がAI選びをする読者にとって示しているのは、価格やベンチマークの数字だけを見て乗り換えを決めるのは早計だという点です。DeepSeekの開発者コミュニティが示した反応は、性能で上回る新型が出ても、慣れた旧型を手放したくない場面が現実にあることの証拠です。
まとめ
DeepSeekが2026年9月10日、新型モデル「V4.1-Flash」を公開すると同時に、主力機「V4-Pro」を9月14日午前4時(UTC)付けで実質退役させる計画を発表しました。V4-Pro宛てのリクエストをすべてV4.1-Flashへ転送し、V4.1-Flashの料金で課金するという内容です。
しかしこの計画は9月11日までに撤回され、V4-Proは料金体系を変えないまま存続することになりました。両モデルの出力価格には3.3倍の開きがあり、独立系のArtificial Analysis Intelligence Indexでも、V4.1-Flash(40点)はV4-Proの各設定(30点台前半)を上回っています。それでも現行の首位であるGPT-6 AstraとClaude Fable 5.1の53点にはまだ届いていません。
退役計画そのものへの開発者の反発が、DeepSeekの方針転換を後押ししたとみられます。ベンダーが公表したロードマップが、ユーザーの反応ひとつで1日のうちに覆る——今回の一件は、そのことを示す具体例になりました。
DeepSeekが次にV4.1-Proを投入すれば、今度こそV4-Proの番が来るのかもしれません。退役の予告と撤回が、あと何回繰り返されるのかは、まだ誰にも分かりません。