2025年8月、Elon Musk氏が率いるX Corp.と、当時の社名だったxAIが、AppleとOpenAIを独占禁止法違反でテキサス州の連邦地裁に提訴した。狙いは一つ、iPhoneに焼き付けられたAIアシスタントの座を巡る争いだ。あれから1年余りが過ぎた2026年9月14日、原告側はAppleへの請求だけを取り下げた。理由は明かされていない。

取り下げの申立てが「解決した」としか書いていなかったことに、共同被告であるChatGPTの開発元、OpenAIが反応した。9月16日、Appleとの間にどんな合意があったのか開示するよう求める緊急動議を提出したのだ。担当判事は即日これを認め、Xと現在の社名SpaceXAIに対し、Appleに関する合意書一式を法廷へ提出するよう命じている。提出期限はアメリカ中部時間9月17日正午、日本時間では9月18日未明にあたる。

⚠ 情報の鮮度について
本稿が主に伝えるのは、OpenAIの緊急動議を受けてピットマン判事が開示を命じたという9月16日の報道(Reuters配信・9to5Mac)です。取り下げそのものは9月14日のBloomberg、およびロイター配信(Al Jazeera)の報道に基づきます。開示命令の提出期限はアメリカ中部時間9月17日正午で、本稿の時点では和解の有無・内容とも公表されていません。訴訟の背景部分(2025年8月の提訴内容、2026年1月のApple・Google提携)は複数の既存報道で確認済みの事実です。

何が起きたか──Apple分だけを、理由を明かさず取り下げ

9月14日、原告のXとSpaceXAI(旧xAI)は、テキサス州フォートワースの連邦地裁に提出した書面で「Appleに対する請求は解決した」とだけ記した。和解金の有無、Grokを巡る何らかの取り決めがあったのかどうかには一切触れていない。同じ書面で、OpenAIに対する請求は取り下げないとも明記されている。

担当判事はマーク・ピットマン氏。同じ裁判官は2025年11月、Apple・OpenAI双方が申し立てた却下請求を退け、訴訟の継続を認めた人物でもある。ただしこの時の判断は「訴えとして成立する」という入り口の話であって、Appleが本当に独占禁止法に違反したかどうかという中身の判断ではない。

2025-08-25

提訴 X Corp.とxAI(当時)が、AppleとOpenAIを独占禁止法違反でテキサス北地区連邦地裁に提訴。

2025-11-13

却下申し立てを棄却 ピットマン判事、Apple・OpenAI双方の却下請求を退け訴訟継続を許可。本案の判断ではない。

2026-01-12

AppleがGoogleと提携 Siri/Apple IntelligenceをGoogle独自のGeminiモデルで刷新すると発表。

2026-09-14

Apple分を取り下げ XとSpaceXAI、Appleへの請求のみ「解決した」として取り下げ。理由は非開示。

2026-09-16

OpenAIが緊急動議 和解内容の開示を要求。判事は即日、書類提出を命令(期限9/17正午)。

385日 提訴からApple分取り下げまで
1社 被告として残ったのはOpenAIのみ
非公表 和解の有無・金額

判事が動いた──OpenAIの緊急動議と、今夜が期限の開示命令

OpenAIの弁護団が動議で主張したのは、Appleとの合意の中身を知らなければ、残った請求への防御を組み立てられないという一点だ。XとSpaceXAIの取り下げが、OpenAIに不利な形で訴訟の構図を変えている可能性がある、という読みである。

ピットマン判事はこの動議を即日認め、XとSpaceXAIに対し、Appleとの紛争解決に関わるあらゆる合意書を法廷へ提出するよう命じた。期限はアメリカ中部時間9月17日正午、日本時間では9月18日未明にあたる。命じられているのは裁判所への提出であって、内容がそのまま一般に公開されると決まったわけではない。非公開のまま処理される可能性も残っている点は、書いておく必要がある。

ⓘ 「和解した」と「和解内容を明かした」は別
取り下げの書面に書かれているのは「請求が解決した」という一文だけです。金銭のやり取りがあったのか、Grokを含む何らかの提携があったのか、単に訴えを維持する実益が乏しいと判断しただけなのか、現時点ではどれも確認できていません。裁判所への提出資料が封印(シール)される可能性もあり、開示命令が出たからといって、和解の中身が読者の目に触れる保証はありません。

そもそも何を争っていたのか──「iPhoneのAIはChatGPTだけ」という訴え

2025年8月の訴状が問題にしたのは、2024年6月にAppleが下した一つの決定だった。SiriからAIへ質問を投げる窓口(ハンドオフ)と、標準搭載の文章作成機能「Writing Tools」に、OSレベルで組み込む生成AIをChatGPTだけに絞ったという決定である。Grok単体のアプリをApp Storeから個別にダウンロードすることはできても、iPhoneの土台部分に食い込めるのはChatGPTだけ、という状態だった。

訴状は、Appleが米国スマートフォン市場の65%、OpenAIが生成AIチャットボット市場の少なくとも80%を握っていると主張したうえで(いずれも提訴当時の訴状の記載であり、独立した統計機関の数値ではない)、Grokのシェアは数パーセントにとどまるとしている。支配的な立場にある企業同士が手を組んだことで、Grokのような競合は実力とは別の理由で不利になった、というのが独占禁止法(シャーマン法およびテキサス州反トラスト法)違反の骨子だ。

AppleとOpenAIはいずれも当時、提携に排他性はないと主張し、不正行為を否定している。OpenAI側は一連の提訴を、マスク氏による訴訟キャンペーンの一環だと評してもいる。2025年11月の却下申し立て棄却は、あくまで訴えとして審理を続けるに値するという判断であり、どちらの言い分が正しいかはまだ決まっていない。

前提を変えた1年──AppleとOpenAI、それぞれの足元

提訴から5か月足らずの2026年1月12日、AppleはGeminiを手がけるGoogleとの提携を発表した。年額およそ10億ドルを払い、Google独自に仕立てた1.2兆パラメータのGeminiモデルをSiriとApple Intelligenceの土台に採用するという内容だ。要約や計画立案、Siriが質問の意図を読み取る部分など、アシスタントの中核をGoogleのモデルが担うことになった。ChatGPTは今も外部知識を呼び出す拡張機能としてSiriに残っているが、Appleの足元そのものが、訴状が前提にした「ChatGPT一強」の構図から動いてしまったことになる。

同じ時期、AppleとOpenAIの関係も一枚岩ではなくなっている。2026年7月には、Apple自身が退職した元社員の「個人iCloud」を経由した情報持ち出しを理由に、OpenAIを企業秘密の侵害で提訴した別件の訴訟が進行中だ。共謀を疑われている当の2社が、別の法廷では原告と被告として向き合っている。

01
分かっていること

Apple分の請求は9月14日に取り下げられ、OpenAI分は残った。判事は9月17日正午までに和解関連文書の提出を命じている。

02
分かっていること

AppleのAI基盤は2026年1月時点でGoogleのGeminiへ移っており、訴状が問題にした「ChatGPT一強」の状況そのものは、すでに変化している。

03
分かっていないこと

和解金の有無や金額、Grokの扱いに関する取り決めがあるかどうかは、本稿の時点で一切公表されていない。

04
分かっていないこと

なぜAppleに対してだけ折り合いがついたのか、その理由は当事者のどちらからも説明されていない。

「既定のAI」は性能でなく契約で決まる

この一件が読者にとって意味を持つのは、和解額の大小ではない。スマートフォンにあらかじめ組み込まれているAIが、性能の勝負ではなく、企業間の契約と訴訟の綱引きで決まっているという構図が、今回ほどはっきり見えたケースは少ないという点にある。2024年はChatGPT、2026年はGemini、そしてGrokは法廷の外では蚊帳の外に置かれたまま──iPhoneの「既定AI」はこの2年で少なくとも一度、当事者の合意だけで入れ替わっている。

💡 既定のまま使い続ける前に
スマートフォンに最初から入っているアシスタントが、必ずしもいま最も出来のよいAIとは限りません。ChatGPT・Claude・Gemini・Grokは、いずれも単体アプリとして無料で試せます。既定のSiriを使い続ける前に、同じ質問を2〜3個投げて答えを比べてみるだけでも、自分の用途に合うAIが既定と同じかどうかが分かります。

今回の開示命令で提出される資料が仮に公開されれば、Appleがなぜこのタイミングで折り合いをつけたのか、Grokに何らかの代償が用意されたのかが見えてくる可能性がある。逆に封印されれば、読者が知りうるのは「取り下げられた」という結果だけに留まる。9月17日正午(日本時間9月18日未明)に提出される中身を、まずは待つ必要がある。

編集部の見立て

Editor's Opinion

今回いちばん興味深いのは、和解の中身そのものより、共同被告のOpenAIすら和解の内容を知らされていなかったという点だと考えます。同じ訴訟の同じ被告側にいながら、片方が相手方と個別に手打ちをして、もう片方は蚊帳の外に置かれる。裁判上はよくある展開ですが、AI業界の主要企業同士がこれをやっているというのが、いまの局面らしさだと感じます。

もう一つ見ておきたいのは、この訴訟が始まった前提そのものが、すでに崩れかけているという事実です。ChatGPTの独占を問題視していたはずが、Appleは自らGoogleのGeminiに乗り換えました。競合を締め出す契約を結んだ側が、1年足らずでその契約の中身を自分から書き換えてしまう。iPhoneの既定AIは、企業の資本力と交渉力が決める椅子取りゲームの結果であって、どのAIが優れているかという話とは、別の理由で動いていると見るべきでしょう。

読者への実利的な示唆は一つです。既定のアシスタントが誰であるかは、今後も数か月単位で入れ替わりうるという前提を持っておくことです。自分の用途に合うAIを普段から複数試しておけば、次に既定が変わったタイミングでも判断が早くなります。

まとめ

2026年9月14日、XとSpaceXAI(旧xAI)は、Appleに対する独占禁止法訴訟の請求のみを、理由を明かさず取り下げました。2025年8月25日の提訴からおよそ385日が経っています。OpenAIに対する請求は継続中です。

取り下げの理由が示されなかったことを受け、OpenAIは9月16日に緊急動議を提出。ピットマン判事はXとSpaceXAIに対し、Appleとの紛争解決に関わる合意書一式を、アメリカ中部時間9月17日正午までに法廷へ提出するよう命じています。提出が義務づけられたのは裁判所に対してであり、内容が一般に公開されるかどうかは別の問題です。

訴訟の前提だった「iPhoneのAIはChatGPTだけ」という状況は、2026年1月のAppleとGoogleの提携によって、すでに過去のものになりつつあります。Grokがこの一件でどう扱われたのかは、今のところ誰にも分かりません。

9月17日正午の提出期限を過ぎたあと、この資料が封印されるのか、それとも中身の一部が明らかになるのか。次に確認すべきなのは、その一点だけです。